1.DOACによる頭蓋内出血
現在までの約50年間以上,世界中で,心房細動による心原性脳塞栓症の再発予防薬(抗凝固薬)としてwarfarinが使用されてきましたが,ここ数年,RE-LY,ROCKET AF,J-ROCKET AF,ARISTOTLE,AVERROES,ENGAGE AF試験などrandomized controlled trial(RCT)の結果により,脳梗塞や頭蓋内出血の発症においてwarfarinに対して非劣性ないしは優越性が示されたDOACsへと変わりつつあります.このDOACsは,本邦では2011年3月にdabigatran,2012年4月にribaroxaban,2013年2月にapixabanがそれぞれ販売開始され,2014年9月にはedoxabanもその適応が拡大され現在に至っています.しかし,warfarinと比較し頭蓋内出血の合併が少ないことが特徴のひとつとされるDOACsにおいても,その投与頻度の増加とともに頭蓋内出血例が最近散見されるようになってきましたが,報告例は決して多くはありません.
今回,われわれはこのDOACs内服中に発症した症候性頭蓋内出血に対して入院加療を行った連続6例の臨床的特徴について検討したところ,症候性頭蓋内出血はDOACs導入後平均半年以内と比較的早期に発症し,血腫量は少量で,その後の血腫増大が1例も認めず,そのreal worldにおける年間平均発症率は全体で0.22%,内訳はrivaroxabanが0.58%と多く,次いでapixabanが0.26%,dabigatranが0%でありました.また本研究で特筆すべきことのひとつとしては,呈示した症例4で,脳内出血発症による臨床症状が出現した後4日間もrivaroxabanを内服し続けたにもかかわらず,入院時の血腫量は非常に小さく,その後の血腫増大も認められなかったことです.これは既報告同様,warfarinと比較しいかにDOACs内服例での頭蓋内出血の合併が少ないかということを示していると考えられます.また前述の各RCTによる報告では,頭蓋内出血の年間発症率はRE-LYでdabigatran 220mg投与群/日が0.23%,300mg投与群が0.32%,ROCKET AFで0.49%,J-ROCKET AFで0.80%,ARISTOTLEで0.33%,AVERROESで0.34%,ENGAGE AFで0.39%と報告され,これらと比較するとreal world でもRCTと同等の頭蓋内出血発症率であると考えられます.
このwarfarinに比較しDOACsでの頭蓋内出血が少ない理由としては,DOACsがwarfarinと異なり,凝固カスケードを発動させる第Ⅶ因子やプロトロンビンの産生を抑制しないことや第Ⅹa因子やトロンビンの凝固活性阻害が可逆性であることが考えられています.また,DOACsの血中濃度トラフ期に抗凝固効果が消失することにより一時的な頭蓋内の止血機序が正常化するためともされています.またDOACsごとによる頭蓋内出血の発症率の差異については,各NOACs投与量,1日1回か2回かの投与回数に伴うピーク値・トラフ値の違い,トロンビン・トロンボモジュリン複合体の関与,組織分布容積の違い,apixaban独特の腸管排泄経路や動物実験におけるMMP-9活性抑制の違いなどが推測されていますが,確定的な説明は得られていないのが現実であります.しかし,われわれの検討ではDOACsの最終内服から頭蓋内出血発症までの平均時間は9.6時間であり,血中濃度ピーク時間とは関係なく出血し,J-ROCKET AF 試験での出血例と非出血例での最大血中濃度に差がなかったという報告を支持するような結果であり,後述のDOACs内服中の血圧管理が重要ではないかと考えられます. 次に各DOACsによる頭蓋内出血部位についてでありますが,本研究ではribaroxabanによる脳実質内出血,特に視床出血が50%と突出していました.一方でdabigatranでは1例も頭蓋内出血がなかったことが特徴的でありました.DOACsによる頭蓋内出血の既報告数は,世界でも販売が1年先行しているためかdabigatranによる頭蓋内出血例,そのなかでも外傷性硬膜下出血例が多く,2番目に販売開始されたrivaroxabanでは脳実質内出血が多い傾向がみられています.この出血部位の差異については,血液凝固反応は血管内皮細胞や単球への刺激により発現する組織因子と第Ⅶ因子と結合することから起こりますが,脳では大脳皮質に強く発現する組織因子が,髄膜での発現は低いため止血機構が弱いためと考えられています.われわれのdabigatran症例がなかったのは,投与回数が1日2回ということでピーク値・トラフ値の差が少なく急峻なピーク値がなかった,または,外傷例が幸いにもなかったためと考えられました. 一般に,抗凝固療法中の出血予測の具体的なスコアとしてPistersらが提唱したHAS-BLED,Hankey らが提唱したPANWARDS,Julia Hippisley-Cox らが提唱したQ-bleedsなどが使用されていますが,本研究でのHAS-BLEDスコアはすべての症例で2点以下,PANWARDSスコアについても2.5年以内に2.5%の出血頻度が予測される程度の低リスク例であるにもかかわらず症候性頭蓋内出血を発症しました.一般的に脳出血の最大の危険因子は高血圧であることは周知の事実であり,HAS-BLEDスコアでも160mmHg以下にコントロールされない症例では,将来脳出血がおこる可能性が1点高くなっています.従来の報告では頭蓋内出血発症前の血圧コントロールについてまでは言及していませんでしたが,本研究ではこの点についても言及した点がもうひとつの特筆すべきことです.本研究の各症例も入院時血圧は頭蓋内出血発症時(急性期)のため高値であるのは当然でありますが一方,発病前の平均血圧は125.3/69.7mmHgと一見良好にコントロールされていました.しかし,外傷性硬膜下血腫で死亡した1例を除いた非外傷性5例中3例が収縮期血圧140-150mmHg以上と更にコントロールする余地があり,豊田らがBAT研究で報告したように抗血栓薬内服時は頭蓋内出血を避けるために130/81mmHg未満をひとつの目標とすべきと考えられました.さらにHAS-BLEDスコアの基準も収縮期血圧160mmHgから130mmHg以上と変更するのが理想的と考えられました.
以上より,DOACs内服中の頭蓋内出血は,発症前収縮期血圧が160mmHg以下とコントロールされHAS-BLEDスコアが2点以下であったとしても,その発症には注意が必要で,より厳格な血圧コントロールが必要と考えられました.今後,さらなる前向きな研究が必要と考えられました.(秋山久尚)
(文献 Akiyama H, Uchino K, Hasegawa Y. Characteristics of Symptomatic Intracranial Hemorrhage in Patients Receiving Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant Therapy. PLOS ONE.10(7):e0132900,2015)
2.DOACによる頸動脈血栓溶解
DOACsは,RE-LY,ROCKET AF,J-ROCKET AF,ARISTOTLE,AVERROES,ENGAGE AFなど多数の無作為化大規模試験において,warfarinと比較して脳梗塞の発症抑制効果の優越性が,また頭蓋内出血の合併症も少ないことが示されました.これにより日本を含めた世界中で2011年以降,非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制を適応として,長年使用されてきたwarfarinに変わり使用される機会が増加しています.
今回,我々の報告は,非弁膜症性心房細動による心原性脳塞栓症の再発予防としてDOACsのひとつであるダビガトランを投与していましたが,不確実な内服のため内頸動脈に血栓が偶然に形成され,確実な内服とした後に血栓が消退した症例であり,ダビガトランが一度形成された動脈血栓を退縮させた報告は渉猟した限りでは1例も認められず,DOACsの多彩な効果を考える上で,臨床的意義があると考え報告しました.
このダビガトランはdirect thrombin inhibitor(DTI)であり,生体内細胞性凝固反応経路の開始反応で生じたinitial thrombinや活性化血小板の膜表面リン脂質上におけるTenase(Xase)による増幅期からプロトロンビナーゼ複合体を介して大量に生じた(thrombin burst)free thrombinの活性部位に直接的,可逆的に結合しその活性化を阻害します.この結果,主にsoluble fibrinogen からfibrin monomerへの変換,更にはthrombinにより活性化された凝固第XIII因子であるfibrin stabilizing factorによるstabilizing fibrinへの変換が抑制され,抗凝固作用を発揮しています.
ままた,ダビガトランはこれらfree thrombinのみでなく,fibrin-bound thrombinの活性部位にも結合することで血栓の増大抑制効果も認められますが,いずれにせよ通常は新規の血栓形成阻害効果が主であり,一度形成された血栓の退縮効果はないとされます.
ところが,2012年にVidalらにより59歳女性の8×8mmの大きな左心耳血栓が,直接抗トロンビン薬であるdabigatran 150mg BIDによって6~7週で脳塞栓症の発症なく退縮した症例が初めて報告されて以降,Xa阻害薬であるリバロキサバン,アピキサバンを含め同様な心臓内血栓退縮の報告がされるようになりました.更にこの血栓退縮については,ダビガトランでは内服量による違いを認め,Tabataらはダビガトラン 110mg BIDでは心臓内血栓の退縮には十分ではないと報告しています.いずれにせよ,これらの報告では退縮機序を明確に述べているものが少なく,報告されているものでは,ダビガトランについてはKaku がdescribed that dabigatran suppresses thrombin activity without the activation of fibrinolysis,endogenous fibrinolysis and the prevention of new thrombus formation、Nagamotoらがreported dabigatran has thrombolytic action on the acute pre-existing intracardiac thrombusと報告し,リバロキサバンではKatoらがpeakとtrough期による線溶亢進を推測し,Takasugiらがdescribed rivaroxaban causes a looser clot to form that is more sensitivity to fibrinolytic enzyme by decreasing thrombin productionと報告しています.
本症例も,食道癌による凝固異常の有無は不明ですが,臨床経過より,断定は不可能でありますがAPTTの延長が確実に内服している時より目立たず,ダビガトラン内服不良と考えられる時期に右内頸動脈起始部の元々あった不安定プラーク上に新鮮血栓が形成され,入院後にダビガトラン内服が確実となり,前述の報告されている様な心臓内血栓の退縮機序により新鮮血栓が退縮したと推測されました.以上の様に心臓内血栓の退縮の報告は多数されていますが,動脈血栓が退縮した症例は我々が渉猟した限りでは全くなく本症例が初の報告と考えられました.
本報告での問題点としては,食道癌という凝固線溶系に多少なりとも影響を与える可能性がある特殊な状態であったこと,ダビガトラン内服が不確実であった時期の血液凝固データが不足,その中でも特に頸動脈に血栓が形成された際のD-dimer値が正常であったこと,頸動脈に形成された血栓の病理学的検証がないことなどが考えられました.D-dimer値が正常であったことについては,中途半端ながらダビガトランの内服がされていたために凝固第XIII因子の活性化が抑制されていた,または悪性腫瘍に伴い凝固第XIII因子に対するinhibitorが出現したなどの理由でstabilizing fibrinまで変換されず,つまりsoluble fibrinの状態であるlooser clotであったために,容易に生体内のplasminで退縮されD-dimer値の上昇には至らなかった可能性が考えられました.しかし,これらのfibrinogenからstabilizing fibrinまでの変換位置づけを明確にするためには,fibrinopeptide Aとfibrinopeptide Bβ15-42との比,soluble fibrin monomer complex,fibrinogen degradation productsなど更なる凝固線溶の指標データが必要と考えられました.
また血栓の性状については,一般に動脈内は流速が速いため血小板に富む白色血栓の形成がされることが多いとされますが,フィブリンに富む赤色血栓が形成されることも少なくないと報告されています.本症例においても頸動脈という流速が速い部位に赤色血栓が形成されえるかという問題にもなりますが,血栓消失後に2回行った頸動脈超音波ではいずれも “spontaneous echo contrast”を認めており,同部位に狭窄はないものの,regional blood stasisやlow-velocity blood flowがあることは間違いなく,もともとある不安定プラークの破綻により同部位での凝固系が活性化し赤色血栓が形成され,心臓内血栓の退縮機序と同様にDTIにより退縮したと考えられます.仮にずり応力惹起血小板凝集などによるwhite thrombusであったとしても,DTIにより血管内皮細胞などの膜に存在するprotease-activated receptor -1活性化による血小板活性化が抑制され退縮した可能性が考えられました.(秋山久尚)
(文献 Akiyama H, Hoshino M, Shimizu T, Hasegawa Y. Resolution of Internal Carotid Arterial Thrombus by the Thrombolytic Action of Dabigatran: A first case report. Medicine (Baltimore). Apr;95(14):e3215,2016)