脳卒中はどんなに重症であっても一刻も早く病院搬送されるべき病気です。かつて「脳の病気は動かしてはいけない」と言われた時代もありましたが、遠い昔の話です。以前は、救急車を要請すると救急隊は最も近い病院に搬送していましたが(直近主義)、発症4.5時間以内の超急性期血栓溶解療法(rt-PA静注療法)や血管内治療が発達した今日では、救急隊員が適切な方法で急性期脳卒中かどうかを判断して(トリアージ)、これらの治療が必要と思われるときは、直近の病院ではなくこれらの治療が可能な病院に搬送するようになっています(バイパス搬送)。発症から1分でも早くこれらの病院にたどり着くことが、脳卒中から助かる第一歩です。特に軽症であればあるほど、再発、増悪の予防や起こった脳梗塞の治療が有効ですので、「脳卒中かなぁ。。。。?」という症状の場合の受診行動が脳卒中のその後の運命を大きく分けるといってもよいと思われます。
でも、脳卒中の判断は難しいのでは?もし救急車を呼んで間違っていたら?
でも安心です。脳卒中から身を守る魔法の言葉。「顔、腕、ことば」ですぐ受診! を覚えておけばよいのです。最近TVでもときどき見かけますね。
顔 :「イーッ」と言ってもらう。たこ焼きを食べた後、前歯に青のりがついてないかな?と思って鏡を見るときの様に。口の片方だけしか動かないときは異変が起きている。
腕 :両手のひらを上に向けて「前にならえ」の姿勢をとらせる。目をつぶってゆっくり5つ数える間に片側の腕が下がってくる場合は異変が起きている。
言葉:話してみる。一人暮らしならいつも話している人に電話してもよい。ろれつが回らない、言葉が理解できない、話せない場合は異変が起きている。
顔、腕、ことば の3つの検査を行って、一つでも異常がある人を、あなたが「脳卒中だ」と判断したとき、およそ7割当たります。この方法は、海外ではACT-FASTとして知られている脳卒中の判断方法です。横文字で覚えておく方が好きな方はこちらで暗記してもOKです(ACT:行動、F:face、A:arm、S:speech。T:time)。いずれにしても暗記だけでなく、とっさのときに正しくテストできるよう訓練しておきましょう。
住民に求められる迅速な受診行動
最近、映画館、デパート、空港など、多くの人が集まるところに、Automated External Defibrillator (AED, 自動体外式除細動器、写真)が備え付けられているのを見かけるようになりました。これは突然意識を失った人を見かけた人がこの機械を取り出して、倒れた人の胸に電極を張りつけさえすれば、あとは機械が自動的に判断して電気的除細動を開始して人命救助をしてくれる装置です。心臓の動きが止まって、脳に血液が送られなくなった瞬間から刻々と脳細胞は死んでいきますので、救急車が到着するのを待たず一刻も早くそばに居合わせた市民(bystander)の手で心拍を戻そうというわけです。
脳血管が閉塞して起こる脳梗塞も、刻々と脳細胞が死に至る病ですから、心臓病と同様に、脳卒中を起こしたのでは??と察知した市民(bystander)が、「顔腕言葉」の検査を行って、直ちに救急要請をすることが大切です。心臓病ではやや高価な機械(AED)をあちこちに設置しなければなりませんが、脳卒中は市民が「顔腕言葉ですぐ受診!」を体得しておくだけでいいのですから安上がりで効果的です。
救急隊など訓練された人が「顔腕言葉」で検査をした場合でもその正診率は7割程度ですから、素人の市民が行ったら3割以上外れる可能性は大です。しかし、「顔腕言葉ですぐ受診!」の運動は、「脳卒中かな?」と思って緊急受診した市民に、「なんでこんな症状で受診したの?何でもないよこんなもん。」と言われるような社会ではなく、「顔腕言葉をチェックしてこられたのですね。検査の結果なんともありませんでした。よかったですね。」と言ってくれる社会にするための運動でもあります。脳卒中は軽ければ軽いほど、そして一刻も早く専門医を受診することが必須です。しかしその一方「救急車をタクシー代わりにしてはならない」という大命題もあります。「顔腕言葉」をチェックして緊急受診行動をとることは、自分の身を守るだけでなく、有限な救急医療資源の適正利用の観点からも、市民としてぜひ身に着けておきたい方法です。
この動画はわたくしたちが2006年に作成したものです(なお、動画の中で脳卒中が死亡の第3位としていますが、2016年現在4位となっています。)
高齢者の夜間の緊急受診行動
急速に進む高齢化とともに、独居または2人住まいの高齢者が増加しつつあります。脳卒中が起こったら1分でも早く専門の医療機関にたどり着くことが脳卒中から身を守る上で重要ですが、脳梗塞患者さんの病院受診遅延に世帯構成がかかわっていることが当脳神経内科・萩原悠太助教の研究により明らかとなっています。 図をご覧ください。脳卒中発症から病院到着までに3時間以上を要した人を「遅延受診」と定義すると、3人以上の世帯の人に比べ、独居の人は2.98倍、老老2人世帯の人は3.06倍遅延受診となりやすく、特に夜間発症の場合の老老2人世帯の受診遅延が顕著でした。特に夜間の老老二人世帯の発症から受診までの時間は、単身家庭の方の受診までの時間より異常に長いことがわかります。
これは、脳卒中を起こした方の隣にもう一人の老年者がいることがむしろ受診までの時間を長引かせているとしか理解しようがない成績です。 夜中に隣で寝ているご主人が、「なんだか右手足がしびれるんだけど」と奥さんに訴えたとき「すぐに救急車を呼びますからね」という奥さんはおそらくいないでしょう。むしろ優しくさすってあげたり、肩をもんであげたりして「一晩休めばよくなりますよ」という方がほとんどでしょう。しかしこのことが、血栓溶解療法を受けるチャンスを逃す要因になっています。ご高齢のお二人住まいの方は特に、脳卒中かどうかを判断する「顔腕言葉ですぐ受診」を励行し、自信をもって緊急受診行動をとれるように日ごろから備えましょう。